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強迫性緩慢( Primary obsessional slowness)とは?

強迫性緩慢とは、 1974年にRachmanが報告した10症例に始まる強迫症の下位分類です。 典型的には、洗面、ひげそり、歯磨き、着替え、食事などの日常生活の動作にとても時間がかかります。

強迫症は症状が強くなると、日常生活の行動にとても時間がかかってしまいます。一方、Rackmanが報告した10症例は、行動の前後で、不安や不快感が減少しないことが特徴でした。強迫行為は、その行為の前後に不安や不快感の減少が特徴です。Rackmanは、彼らのとっている行動は強迫行為ではないと考え、「一次性強迫性緩慢(Primary Obsessional Slowness)」という名前をつけました。 一方、通常の強迫症が重症化した結果、日常生活の動作に時間がかかる場合を二次性の強迫性緩慢と呼び区別しました。

強迫性緩慢の症状とは?

強迫性緩慢の行動の様子は、具体的には次のようになります。

歯磨きを付ける前に歯ブラシをじっと眺める、歯磨き粉を決まった位置に決まった量を正確に出そうとする。そのため、歯磨き粉をつけるのに時間がかかる。チューブの蓋がしまったか何度も抑える。その後歯磨きを始めるが、同じ場所をゆっくりとした動作で何度も磨くなどのように生活の動作の一つ一つの速度が遅いのです。

このように正確な動作で、イメージ通りのことを行おうとするために行動が遅くなるのではないかと考えられています。このような綿密な行動が、洗面、行為、食事、歩行などの場面で出現します。一方で、この行動の遅さは、機能的にすばやく行動が取れないわけではない事が重要です。実際、強迫性緩慢の人は、すばやく行動ができることもあります。例えば、車の運転やゲームなどの刺激が絶えずある活動では普通の動作をすることがあります。

Rackmanは、通常の強迫症との違いについて次のように述べています。

確認強迫、洗浄強迫、強迫観念にみられるような認知的特徴の兆候は、ほとんどまたは全くありません。一般的な強迫症患者に比べて、強迫性緩慢の患者は、責任感を強く感じすぎることや、認知的なバイアスが持続的に起こっている証拠に乏しい。 強迫性緩慢の患者は、望まない侵入思考(強迫観念のこと)に悩んでいるとはめったに言わない。確認強迫患者では一般的な記憶の問題があるということも言わない。不安を訴えることもほとんどない。 不安を軽減または回避しようとして、綿密な行動をとっているとも言わない。

Obsessive-Compulsive Disorder: Theory, Research and Treatment. より

このRackmanが指摘する部分は非常に説得力がある部分だと思います。中尾(2007)においても、”強迫観念や不安の生起と、強迫行為によるその軽減という体験様式が明確ではなく、なぜ強迫行為を行うのかについても言語化した説明は得られにくい。”と述べられています。また、強迫性緩慢として報告される症例はセルフケアに関する行動について強迫行為が起こることも特徴です。

強迫性緩慢は強迫症なのか?

強迫性緩慢は、その症状の特殊性から強迫症の下位分類なのか、別の疾患なのか議論が行われています。 Veale(1993)は、これまでの症例報告などを調べ、強迫症とは分離できないと主張しています。彼の主張は次のようなものです。

第一に、一次性強迫性緩慢の症候は、強迫行為ないし回避行動の結果であると再分析できる。これまで報告された症例の症状は、無秩序、乱雑さ、不正確さなどからの回避であると見なせる。

第二に、通常の強迫性緩慢は複合的である。つまり、動作に時間がかかることは、正確性、綿密性とだけ関わっているのではない。患者が適応するための様々な方法と関係している。強迫的な緩慢さは、複数のことが相互作用を起こして生じている可能性がある。強迫的な緩慢さの要素の中身を特定することは非常に困難である

第三に、正確性や綿密さに関心があるにも関わらず、緩慢さが生じない患者が存在する。正確性と綿密さを排除するよりも、捉えられている強迫症の症候を中心に分類することがより論理的だ。

第四に、妥当性を持って強迫症内で症候群を分離するためには、脳病理学、神経心理学、症候学的下位分類を多変量解析で描き出す必要がある。これは、未だに行われていない。

Vale(1993) Classification and Treatment of Obsessional Slowness

Veale(1993) では、この後に強迫性緩慢の症例について検討し、強迫性パーソナリティ障害を持つ例が多いことを指摘し、強迫症に強迫性パーソナリティ障害が合併している可能性を指摘しています。

ただ、近年は強迫性パーソナリティ障害は独立した疾患として存在するというより、強迫症の症状の一側面として考えたほうがいいようにも思います。 Obsessive Compulsive Cognitions Working Group (1997) による研究では、強迫症に特有の認知ととして、不確定性への非耐性と完全主義が指摘されています。不確定性への非耐性は、曖昧なものを嫌い、具体的にする傾向です。正確に把握したいという強迫行為を生み出しやすいです。完全主義は、強迫行為を完璧に行いたくなる、完璧でない強迫行為は強迫行為にはならないという感覚です。この2つは、いわゆる強迫行為としては見えづらい症状です。これらが、強迫性パーソナリティ障害として見えていたのではないかとも思います。このあたりは、パーソナリティ障害の再編と共に議論されることになるでしょう。

強迫性緩慢は整理整頓強迫なのか?

強迫症は、fMRIなどの結果より、洗浄強迫、確認強迫、整理整頓強迫、想像型強迫の四因子に分かれることが知られています (Mataix-Cols et al., 2005; Rosario-Campos et al., 2006) 。このうち、整理整頓強迫は、 Coleset al. (2003) により,「びったりで はない感覚 (notjust right experiences; 以下, NJREs)」とい う言語を介さない強迫観念の報告によりさらに明確になってきました。言語を介さないということは、Rackmanが指摘する、認知的な特徴がないという主張と一致します。

ここで、大切なのは整理整頓強迫の強迫観念であるNJREsが分かってきたことがわりと最近であるということです。ちなみに2017年に出版された The Wiley Handbook of Obsessive Compulsive Disordersには強迫性緩慢の話題の論文が一本も載っていません。かなり細かい話題まで載っている強迫症の最新論文のまとめにも載っていないと考えるとかなり忘れ去られている概念だともいえます。また、2005年発行のThe OCD Workbook: Your Guide to Breaking Free from Obsessive-compulsive Disorderでは、強迫性緩慢とは「まさにぴったり感覚(just right feeling)」を過度に追求しているために行動が遅くなっていると明確に書かれています。この点からも、現在は整理整頓強迫の重症例と捉える傾向があるのでしょう。

Hymas(1991)は、17名の強迫症として治療をうけている強迫性緩慢患者の神経学的症候について調べています。そこでは、動作の流暢性がない、四肢運動の開始が遅い、発話および歩行の異常、歯車様強剛、複雑な反復運動およびチックなどの症状が指摘されています。ここで、あれっと思うのがわりとパーキンソン病の症状の記載があるということです。

また、 Ganosら(2015)では、強迫性緩慢と思われる三症例の報告と、過去の強迫性緩慢の症例報告を吟味した結果、 症例報告には洗浄・確認の症状が混在している点や、目に見えない強迫行為が認められる、DSM-5によるカタトニアの診断基準を満たしている症例がある、自閉スペクトラム症などの合併例があることから強迫性緩慢という疾患単位が存在するのか疑わしいと結論づけています。この主張は最もで、強迫性緩慢の症例報告が近年になってなくなったのは、しっかりとした鑑別診断や他の疾患概念が育ってきた影響なのかもしれません。

ここまでのまとめと感想

強迫性緩慢と言われた人は、確かに整理整頓強迫の重症例だと考えられる方が非常に多い印象があります。 Valeが指摘するように、正確、納得を求めるために非常に行動が遅くなるというのです。 強迫性緩慢と思われる方で、行動には時間がかかっているけれど、動作が緩慢なわけではなく反復行動が多いために時間がかかっている方も多いです(このような場合でも、しばしば強迫性緩慢と言う人もいます)。

整理整頓強迫で緩慢が目立たない場合でも、ふっと立ち止まったりすることがあります。これは、行動を起こす前に行動の計画をイメージし、そのイメージに納得できない場合にその計画をやり直すという場合です。その瞬間は、行動がとまります。これが、行動を振り返る場合は、メンタル・チェッキングという名前がありますが、行動を起こすとする場合に起こる強迫行為には名前がありません。

類似の概念は、VOCI(Vancouver Obsessional Compulsive Inventory)の評価尺度の中に優柔不断(Indecisiveness)さという因子があります。強迫症の完璧主義と回避が合わさると、最良の選択を選ぼうとして、行動が選択できない、選べないという症状が出てきます。

また、一方で整理整頓強迫では説明できない強迫性緩慢の症状もあるような気がしています。Rackmanが指摘するように、強迫行為がなんのために行われているのかが不明瞭であったり、強迫観念が不明瞭(just right feelingのことを伝えてもピンとこない)場合もあります。この特徴は、山上(1993)、Takeuchi(1997)でも指摘されています。

さらに、Rackman(1973)、中尾(2007)は、症状の浮き沈み(Fluctuation)がみられると指摘しています。これは、一時的に動作がスムーズになっても数日や数週間の感覚で動けなくなるという状態です。竹内(1993)の症例報告でも、似たようなうつ状態が指摘されています。ただ、このFluctuationは海外では指摘がほとんどされず、Veale(1993)の症例に「彼の強迫症状は何年にも渡って浮き沈みがあった」と書かれているのみです。ただ、臨床的にはこの浮き沈み(Fluctuation)は、実感があります。

また、神経内科的疾患の鑑別が必要だと思うのですが、経験的には神経所見がでない印象があります。

まとめると、強迫性緩慢と呼ばれる方たちの中には、整理整頓強迫や他の病気が主である場合も多いと考えられます。一方で、強迫性緩慢にしか生じない強迫観念・強迫行為の不明瞭さ、浮き沈みなどは今後も考えていく必要がありそうです。

強迫性緩慢の治療は?

まずは、大前提として、神経内科的疾患の鑑別が必須だと思われます。次には、整理整頓強迫としてとらえられないか考えてみる必要があるように思います。整理整頓強迫で考えられる場合は通常の暴露での治療が検討できます。

強迫性緩慢の治療は、まずは暴露できないか考えてみる必要があります。特に整理整頓強迫として考えられる場合は暴露が可能です。ただし、この場合、非常に難しい問題として立ちはだかるのが、洞察の不良さです。強迫性緩慢の多くの人は、自分が好きで行動を遅く取ります。そのため、暴露に対する抵抗感が強いのです。一旦、入院治療で治療を続けても、外来治療に戻ったらすぐに症状が再燃してしまうこともよくあります。そのため、治療を維持するための仕組みが必要だと思います。

強迫性緩慢に対して暴露反応妨害法が向こうと書いてある本もありますが、個人的にはそれは整理整頓強迫として考えられていなかった時代に書かれたものだからそう書いてあるのではないかと思います。本人がのるかどうかの問題はありますが、暴露は有効だと思います。次に述べる、プロンプティングやシェイピングも本人が納得がいかない方法をやり続けるという意味では、暴露になります。

一方で、「セルフケアのお手本」は必要です。お手本がないと、すぐに自分の納得の行く方法に戻ってしまいます。このお手本と時間のリマインドです。これを行っていくことでセルフケアにかかる時間を短縮させていきます。時間配分を考えるペーシング等の方法も必要です。また、声をかけられると動けることがあるため、声をかけたり、行動が止まらないように工夫をするプロンプティングも重要です。このように日常生活の行動を作り上げていく方法をシェイピングと書いてあるものもあります。

参考文献

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  • 中尾 2007 強迫性緩慢 臨床精神医学 第36巻 第8号 1037-1039
  • Hyman, B. M., Pedrick, C. 2005 The OCD Workbook: Your Guide to Breaking Free from Obsessive-Compulsive Disorder
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  • Takeuchi, T; Nakagawa, A; Harai, H; et al 1997 BEHAVIOUR RESEARCH AND THERAPY Volume: 35 Issue: 5 Pages: 445-449
  • 山上敏子 米田光恵 団サダ子 富田裕子 亀野公子 1993 変形された抜毛癖(切毛癖)をもった一次性強迫性緩慢 行動療法研究 第9巻 第1号 34-44

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